昭和99年が暮れようとしています。

本年も格別のお引き立てを賜り、誠にありがとうございました。

当店は1月3日まで休業いたします。

先日ある常連のお客様に「来年は昭和100年ですね」とお話ししたところ、
「子供の頃明治100年って聞いていたのがもう昭和100年」とおっしゃっていました。
明治100年は昭和43年、私の生まれ年です。
余談ですが昭和43年生まれは元号となかなか相性が良い?ようで、明治100年に生まれ、平成元年に20歳になり、令和元年に50歳になったという非常にわかりやすい、自分の年齢さえ覚えていれば令和何年かすぐにわかるという非常にラッキーな生まれ年なのです。

ちょっと気になって調べたのですが、この年(昭和43年)の100歳以上の方の数は327人。
明治元年は1868年9月8日からですから、それ以前は江戸時代のお生まれということになります。
つまり私は江戸時代を生きた方々と同じ空気を吸っていた頃があるということで、
なんだかわくわくするような気持ちと同時に、100年てそんなに長くないんだなという気がします。

明治の初めの頃といえば海の向こうのアメリカは西部開拓時代。
この時代に無法者であり強盗でありながら、弱きを助け強きをくじく義賊とし英雄として人気があるのがビリー・ザ・キッドことヘンリー・マッカーティです。
21歳で射殺されたとされていますが、生存説も根強くあるようで
1950年にブラッシー・ビル・ロバーツという人物がニューメキシコ州知事のもとに出頭し自らがビリー・ザ・キッドであると名乗り出たものの身元は証明されなかったそうです。

なぜ突然ビリー・ザ・キッドかというと…

1980年代にエミリオ・エステべスがビリー・ザ・キッドを演じたヤングガンという映画がありました。
その続編の冒頭は1950年。”トラックが走る現代の道路”が見渡せる場所で”開拓時代のままのいで立ち”の老人が、自分がビリー・ザ・キッドだと語り、若き日々について語るというシーンから始まるのです。
映画のストーリーはほとんど覚えていなかったのですが、
この冒頭のシーンだけは非常に印象に残っていて、

「車が走る時代になっても西部開拓時代の無法者(英雄)が生きていた可能性があるんだ」

という事を知ったのが、何より印象深く記憶に残っているためです。
1950年なんて相当昔のことではあるけれど、そうはいっても現代であることに変わりはなく

その時もそんなに昔の話じゃないんだと思ったということを言いたかっただけなのですが…

長くなってしまって相済みません。

長いようで短くも感じる100年ですが、
では何をもって【昔】や【時代】を感じるのかというと、個人的にはその時代を象徴するような物が大きな要素であると思います。
例えば移動手段であるところの馬。馬は西部劇や侍の時代を連想させます。
車は現代の象徴といえると思いますが、同じ車でもそのデザインによってより細かく【時代】を感じさせてくれるものですよね。

機能や性能の進歩とともに形を変えていったものもたくさんあります。
例えば電話もそのうちの一つ。
私の実家も黒電話でしたが、やがてプッシュホンになり、携帯電話が登場、そして現在主流はスマホです。
自宅の黒電話で当時大好きだった女の子の家に電話して、彼女のお母さんはともかく親父さんが出たりした日には、間違い電話を装って切っちゃったりとか
その当時の自分とその時代の物が結びついて記憶に刻まれています。

技術の進歩=形の変化は過去の話?

ちなみに私はiPhone8を使っていますが、毎年のように新機種が発売されてます。
もしかしたらその機能は黒電話がスマホになるくらい進歩しているのかもしれません。

ただ、見た目はあんまり変わってないと思うのですが…

もっともスマートウォッチが主流になってスマホを携帯する人がいなくなったら「スマホ持ち歩いてた時代もあったよね。」なんて会話が聞かれるようになるかもしれませんけど。

来年は昭和100年。

空飛ぶ車の実用化はそんなに遠い未来じゃないと言いますし、
時代を象徴するような目に見える変化があったら楽しみだな

と個人的には思います。

それでは皆さま、良いお年をお迎えください!







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